LOGIN十分ほど経った頃だろうか。
人並みの向こうから、相川さんがこちらへ駆けてくる姿が見えた。人混みを巧みにすり抜けるその手には、ソフトクリームが握られている。
すっと私たちの前に立った相川さんは、ニコッと微笑みながら子どもの前でしゃがみこむ。
「はい、どうぞ」
差し出されたソフトクリームを、子どもは目を輝かせて受け取った。
「わあ、ありがとう!」
そして、大事そうに両手で持って、さっそく一口。
嬉しそうにほほを緩ませる。「相川さん、わざわざ買ってきてくれたんですか?」
私は驚きと同時に、その心遣いに感動していた。
気遣いのできる人だとは思っていたけれど、ここまでとは。感心しながら顔を向けると、相川さんは静かに頷いた。
「この子も心細いでしょうし。これで、少しでも気が晴れるといいのですが」
子どもを気遣うような優しい表情と声――
やっぱり、優しい人なんだな……と改めて彼のことを見直した。
それからさらに十分ほど経った。 「……勇也?」不意に聞こえた女性の声に、はっと顔を上げる。
人混みの先で、ひとりの女性がこちらを見つめていた。
三十代くらいだろうか。顔には安堵と喜びが入り混じったような表情が浮かんでいる。
女性は駆け寄り、子どもを力強く抱きしめた。
「お母さん!」
「心配したわよ……」
母子の感動の再会。
抱き合う親子を見守るうちに、自然と胸や目頭が熱くなる。
ああ、本当によかった。
しばらくして落ち着いたのか、母親が私たちの方へと向き直る。 目を潤ませながら、深々と頭を下げた。「本当に……ありがとうございました」
子どもも真似をして、ぺこりと頭を下げてくれる。
「いえ、当然のことをしただけですから……」
どう返せばいいのかわからなくて
そして気づけば、私はベッドに押し倒されていた。 龍の唇がいったん離れ、私を見下ろす。 その目は、欲望と愛情がないまぜになって、熱を孕んでいる。「……龍、好き」 私は手を伸ばし、彼の頬にそっと触れる。 その指先が誘うように動いてしまう。「流華、愛してる」 再び口づけると、今度は唇が首筋へ、鎖骨へと降りていく。 優しく、でも確かにそこに愛を刻むように。 彼の手が、肌に触れるたび、心が震え、喜びを感じる。 あたたかく、やさしく、そして確かな愛が、全身に伝わってくる。 私はその愛を、全身で受け止めていった。 お互いの呼吸が、だんだんと熱を帯び、交じり合っていく。「流華……」「龍……」 見つめ合い、もう一度想いを確かめ合った、そのとき―― 「流華ー、どこじゃー?」 階下から祖父の声が聞こえた。 二人とも、まるで時間が止まったように固まった。 そして、目が合った瞬間、同時に吹き出してしまう。 笑いながらも、どちらともなく名残惜しそうに視線を交わす。 よくもまあ、毎回邪魔が入るものだ。 しかもこのタイミング……。 おじいちゃん、わざとじゃないでしょうね? 慌てて脱いでいた服を拾い集めながら、私は小さくため息をついた。 龍も苦笑しながら、いそいそとシャツのボタンを留めていく。「……まあ、これからいくらでもチャンスはあるよね? ずっと一緒にいるんだし」 私は龍の腕にぴたっと寄り添いながら、上目遣いで微笑んだ。 龍は一瞬、ぽかんとした顔をして、それから顔を真っ赤にして頷いた。「は、はい! が、頑張ります!」 頑張るって……真面目すぎ。 でも、そこが龍らしくて、好き。 もう一度、見つめ合う。 自然と私たちは、軽くキスを交わした。 龍の温もりを感じながら、ふと手元に目を落とす。 指に光るリングが目に入った。 それを見つめながら、そっと目を細めた。 ☆ ☆ ☆ 私には、大切な指輪がふたつある。 ひとつは、ヘンリーからもらった指輪。 もうひとつは、龍からもらった指輪。 どちらも、大切な私の宝物。 どちらが欠けても、きっと今の私はいない。 今の幸せもなかった。 たくさんの想いが繋いでくれた、この幸せ。 私はそのすべてに感謝しながら、これからも歩いていく
名残惜しそうに、私たちはそっと身体を離し、見つめ合った。 プロポーズがうまくいって、安心したのか―― 龍は穏やかな瞳で、愛おしそうに私を見つめている。「……ありがとうございます。断られたら、どうしようかと思ってました」 ほっとしたように息をつく。 その様子があまりに素直すぎて、思わずくすっと笑ってしまう。「断るわけないでしょ?」「でも……今回、いろいろありましたし。 俺の過去のこととか……。 お嬢に嫌われたら、って。もう、気が気じゃなかったです」 龍はそう言うと、少し情けないような顔で私を見た。「何言ってるの? 私は龍が好きだし、昔のことなんて気にするわけないでしょ」 胸を張る。 当然でしょ、という顔で。「だって、私は如月組組長の孫なのよ? 暴走族だったぐらい、何とも思わない」 その言葉に、龍は一瞬目を丸くした。 それから、嬉しさと困惑が入り混じったような、複雑な表情をする。「……そうですよね。 でも、お嬢は昔から、組のことをあまり良く思っていないのかと……。 だから、そういうものが嫌いなんじゃないかって」 ああ、きっとそれは――。 たしかに昔は、組の家に生まれたことに悩んだ時期もあった。 家系のことで周りから異質な目を向けられ、苦しかったあの頃を思い出す。 でも、今は違う。「それは、私の心が弱かっただけ。 今は、組のことも、みんなのことも、大好きだよ。 大切な人たちが、たくさんいるから……その人たちを大切にしようって決めたの」 そう言って、私はそっと龍に寄り添った。 龍は驚いたような顔をして、それから優しく肩を抱き寄せてくれる。「お嬢は……ほんと、いい女ですね。惚れ直しました」「ふふっ。でしょ?」 顔を近づけて微笑み合い、自然と二人の距離が縮まる。 そのとき、龍がポケットから、さっきの指輪を取り出した。「お嬢、手を」 その一言に、心臓がトクンと鳴った。 私はおとなしく左手を差し出す。 龍の手が私の指をそっととらえ、薬指にリングをはめていく。 リングはぴたりとおさまり、淡い光を放つ。「……きれい……」 思わずつぶやくと、「流華さん」 名前を呼ばれ、顔を向けた瞬間――龍が口づけてきた。 驚いたけれど、嬉しい気持ちが勝った。 私は目を閉じて素直にその
澄んだ瞳が、わずかに熱を帯びて潤んでいる。 そこから彼の想いが伝わってくる。 私は目を逸らすことができなかった。 そんな目で見ないで。 心臓がもたないよっ。 まったく、もう…… でも、まさかそんな昔から想ってくれていたなんて。 嬉しい。 すごく、嬉しい――けど。 なに? なんなの? このドラマチックな展開は! 胸がいっぱいになる。 顔が火照って熱い……。「組に入ってから、俺は親父に頼み込んで、お嬢に仕えさせていただくことになりました。 それからは……本当に幸せな日々でした。 だって、大好きな人のそばにずっといられるんですから」 その目はまるで、私しか映していないようだった。 熱を帯びた視線が、ずっと私に注がれ続けている。 息をするのも忘れそう。 観念したように龍を見返した。 ……そのとき、龍がそっとポケットに手を入れる。 ごそごそと探ったあと、その手を私の前にそっと差し出した。 彼の手の上には、白く小さな箱。 こ、これって!? 私は息を呑み、大きな目で龍を見つめる。 龍は頬を赤らめ、静かに頷いた。 そっと箱が開かれる。 そこには、ひとつのリング。 中央に小さなダイヤモンドが光り輝いていた。「龍っ……これっ……」 息が詰まり、うまく言葉が出てこない。 龍は一度深呼吸してから、真剣な眼差しを向けた。「流華さん――俺は、あなたが好きです。 世界中の誰よりも、あなたのことを愛しています」 一泊おいて、龍は決意のこもった声で言葉を紡いだ。「結婚、してくれませんか。 あなたと生涯を共にできる喜びを……どうか、俺にください」 そう言うと、龍は息を詰めるように黙り込んだ。 私の返事を待つように。 こ、これは……プロポーズ!?
そんなこと、あったような、なかったような……。 何年も前のことだから、記憶はあやふやだ。 というか、似たようなことは何度もあったから、龍が言っているのが「どの時」のことなのか、よくわからなかった。「なんと、その少女は――見事に男子高校生三人を華麗に倒しました」 龍は懐かしそうに目を細めながら、静かに語る。「俺の目は、一瞬でその少女に釘付けになりました。 風のように舞い、まるで踊るように戦う姿……思わず、見惚れてしまったんです。 きっとそのときには、もう、あなたの虜になっていたんでしょうね」 その口調は穏やかで、でも、どこか熱を帯びている。 目の前にいるのはいつもの龍のはずなのに。 まるで別人みたい。 たぶん、昔のことを思い出しているせいかもしれない。 私の知らない龍が、そこにはいるような気がして。 でも、龍が十八歳のときって、私は十歳。 ……そんな頃から、私のことを? なんだか不思議で。 でも、嬉しくて。 胸の奥がじんわりと熱くなった。「それから、俺はその少女のことを調べ上げました」 龍はまた、昔に想いを馳せるように遠くを見つめる。「如月組の組長――如月大吾の孫だと知った瞬間、俺は決めたんです。 族を抜け、この人たちと生きていこうと。 そのときの衝動は……今でもうまく説明できません。ただ、どうしようもなく突き動かされた」 彼は静かに笑った。 ちょっと照れてたように。「突然、組に入れてくれと親父に頭を下げたときは、そりゃあ驚かれました。 でも……なぜか親父は、すんなり俺を受け入れてくれたんです」 そのときのことを思い出しているのか、龍の顔は少年のように無邪気だった。「普通ならありえない話です。 どこの馬の骨ともわからない若造を、簡単に受け入れるなんて」 龍は優しい声で続けた。「あとで理由を聞いたら、『だって、龍、めち
私は自室で、龍を待っていた。 さっき「昔の話を聞かせて」と頼んだとき、龍は数秒間、固まったままだった。 そして、ゆっくりとこう答えたのだ。「……わかりました。お嬢は自分の部屋で待っていてください。すぐに行きますから」 そう言って、龍は自分の部屋に戻っていった。 その背中はどこか重たく、表情も乗り気とは言いがたかった。 ……そんなに昔の話をするのが嫌なのだろうか? あるいは、私が暴走族に嫌悪感を持つと思っているのかな。 もやもやと考えながら、私も自室に戻った。 そして今、龍待ち状態である。「はあー……」 私は大きく息を吐いて、ベッドの上にごろんと寝転んだ。 その瞬間、ふいに思い出してしまう。 この前、ここで私と龍は…… はっとし、体を起こす。 そのタイミングで、コンコン、とドアがノックされた。「は、はい!」 返事をしながら、胸が高鳴る。 龍と二人きり……自分の部屋。 ただそれだけの状況なのに、鼓動がやけに早い。 だって、あのときと同じ。 いや、まさか龍もそんなふうに意識してるなんてことは。 ……考えすぎだよね? とにかく、変なふうに思われないようにしないと。 こんな気持ちがバレたら、超絶恥ずかしい! 「落ち着け、私」って、自分に言い聞かせながら、そっと息を吐いた。 その瞬間――扉が開いた。 ゆっくりと龍が入ってくる。 目が合った瞬間、彼はふっと口元を緩め、笑った。「お待たせしました。……隣、いいですか?」 そう言って、私の隣を指差す。 ベッドの上を。「えっ!」 思わず声がうわずった。 龍はきょとんとした顔で首をかしげる。 しまった。 あんまり挙動不審だとダメだよね……!「ど、どう
すると、ずっと黙っていた龍が口を開く。「何にせよ、お嬢がおまえを好きになることは絶対にない。あきらめろ。 そして、中村透真に体を返せ」 真顔で淡々と告げる龍に、ヘンリーはあっかんべーをした。「なんだよ、龍。流華を独り占めしちゃってさ。 今回だって流華のこと、僕いっぱい支えたんだからね。流華が傷ついて寂しそうなとき傍にいたんだ。ね、流華」 ヘンリーが私に甘えるような態度と視線を向けてくる。「え? まあ、ヘンリーには感謝してるよ。いつも助けてくれて……。 貴子と同じくらい大切」 その言葉に、ヘンリーは眉を寄せ納得していない様子を見せる。「それって、親友ってこと?」「まあ、そうなるかな」 私が頷くと、ヘンリーはしょんぼりと肩を落とした。「だよね、流華は龍がいいんだもんね。僕の入る隙なんてないよね……」 急に激しく落ち込むヘンリーのことが可哀そうに思え、励まそうとした。「ねえ、ヘンリー……」「隙あり!」 ヘンリーが突然私の頬にキスをする。 不意打ちだったので、避けられなかった。 急いで距離を取る。「へへっ」 ヘンリーはニコニコと満足そうに笑っている。 そのとき、辺りの空気が一変した。 龍から発せられるオーラが、不穏で邪悪ものへと変わっていくのがわかった。 おそるおそる龍へと視線を向けた。 閻魔大王のような表情の龍が、ヘンリーを冷ややかな目で見据えている。 状況を察したヘンリーの顔が、みるみる青ざめていった。「りゅ、龍! 落ち着いて。ジョークだよ、ほら、いつものことでしょ?」 ふざけて笑い飛ばそうとするヘンリーだったが、龍の怒りは収まる気配がない。「貴様……」 龍がゆっくりとヘンリーに歩み寄る。「ご、ごめんなさーい!」 やばい空気を察知したヘンリーは、急いでその場から逃走する。







